100年前の日本

さて、今回から「100年前の教科書」について連載開始じゃ!!
ぶん蔵が手を挙げている
「うわー、それは楽しみだなーーー」。
くららが話している
くらら、セリフが棒読みモジョ
もじょじょが笑っている
だってさ、教科書って学校で使う教科書のことでしょ!?
考えるだけで頭が痛くなるわ・・・
くららの顔から汗が流れている
くららさん、大丈夫デスヨ!
勉強が嫌いなくららサンでも楽しめるよう、ぶん蔵博士が楽しく面白く説明してくれマスカラ!!
アルチーボが笑っている
むむむ、始める前からハードルをあげるではない・・・
ぶん蔵が困惑している
1回目はどんな話モジョ??
もじょじょが考え中
この連載では、明治43年(1910)から大正6年(1917)まで使われた教科書を紹介するので、マズハ、この教科書が登場したころの日本の様子について勉強シマショウ!!
アルチーボがひらめいた
明治はえっと〜・・・何年までだっけ?
くららが考え中
うむ、明治45年(1912)までじゃ。つまり、100年前はちょうど明治時代の終わりにあたるのじゃ。このころはのう、日本にとって大きな転換期じゃったんじゃよ。
ぶん蔵が笑っている
日露戦争(1904〜1905)に勝利し関税自主権も回復(1911)するなど、ヨーロッパ諸国に追いつこうともがき続けた明治の日本にとって、まさに悲願が達成した時代デシタ。
アルチーボが話している
このころは、色々な大衆文化が花開いた時代でもあるのじゃ。明治42年6月には両国国技館が完成して相撲が「国技」となるし、明治44年3月には帝国劇場が開場しておる。映画が人々の娯楽として定着するのもこのころじゃ。
ぶん蔵がビックリした
「目玉の松っちゃん」の愛称で親しまれた日本映画初の大スター尾上松之助(1875〜1926)が人気を博しマシタ。
アルチーボが笑っている
ほかには、「味の素」が発売されたのも明治42年じゃし、翌年には陸軍中尉・白瀬矗(しらせ のぶ/1861〜1946)率いる南極探検隊が出発しておる。
ぶん蔵が感心している
うわ〜、ワクワクすることがいっぱいね♪♪
くららがひらめいた
しかし、政府にとって、大衆娯楽が盛んになるのはけっして喜ばしいことではアリマセンデシタ。
政府は、国民の間に戦勝による安ど感と国家主義への疑問が生まれ、個人の意志や生活を重視する風潮が生じていることに不安を感じ、明治41年10月13日、戊申詔書を発布してイマシタ。
アルチーボが話している
戊申詔書
戊申詔書
なんか難しい日本語モジョ・・・
もじょじょが困惑している
戊申詔書で政府は、国民に産業奨励と質素倹約を求めておるのじゃよ。これに基づき各地では、民力の涵養(かんよう)と風紀の振興を目指す地方改良運動が起こるのじゃ。
ぶん蔵が考えている
・・・
くららが話している
政府は日露戦争後、明治43年に韓国を併合するなど、アジアへの侵出の足がかりを固めてイマシタ。そのため、さらなる富国強兵を必要としていたのデス。
アルチーボがひらめいた
富国強兵を進めるためには、国家主義への疑問を生じさせる個人主義や自由主義は頭痛のタネじゃ。そこで、国民の気を引き締めようとしたわけじゃな。
ぶん蔵が指を差している
さらに政府は、明治43年に大逆事件がおきると、明治天皇の暗殺を企てた社会主義のグループとは関係のない社会主義者やアナーキストたちも一斉に逮捕し、そのうちの12名を処刑シテシマイマス。
アルチーボが話している
・・・・・・
くららが腕を組んで話している
明るいんだか暗いんだかよくわからない時代モジョ・・・
もじょじょが枠に手をかけている
まさに混とんとした時代の転換期じゃな。石川啄木(1886〜1912)が「時代閉塞の現状」というエッセーを書き、「個人」と「国家」の関係について論じるのもこのころじゃ。
そして、このような国家主義の強まりは、教育面にも色濃く影響するのじゃよ・・・
うん!?くらら、しんどそうな顔しておるが大丈夫か?
ぶん蔵がビックリした
今日はずっと難しい話だったから、きっと脳みそがショートしたモジョ!!
もじょじょがビックリ!
う〜〜〜・・・イタタタタタタタ!!!
くららが手を挙げて困惑している
ダ、ダ、ダ、大丈夫デスカ!!??
アルチーボが考え中
難しい話を聞いていたら・・・・・・お腹すいたわ・・・
くららが目頭を押さえている
・・・・・・!!!
もじょじょの顔から汗が流れている

■ 「100年前の日本」記事一覧
  1. 100年前の日本
  2. 100年前の小学校
  3. 明治期の教科書の歴史